核兵器のない未来へ向けた平和行進
令和5年4月24日から5月1日の期間中、生活協同組合パルシステム東京およびパルシステム生活協同組合連合会は、ニューヨークで開催される国連のNPT(核不拡散条約)再検討会議に参加しました。この代表団は、日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)や全国の生協から成り、核兵器廃絶を求める重要な活動を展開しました。
平和行進の実施
4月26日には、再検討会議の開会に先立って平和行進が行われました。この行進には約300人の参加者が集まり、日本だけでなく韓国や他国の被爆者団体のメンバーも姿を見せました。行進はニューヨークのタイムズスクエア近くの公共図書館からスタートし、グランドセントラルターミナルやクライスラービルを通り、国連ビル前までの1.5キロを歩きました。沿道の多くの人々が拍手を送る中、核廃絶を訴える声が響き渡りました。
原爆展とシンポジウム
翌日の4月27日には、再検討会議が開幕し、国連本部ロビーでは「原爆展」のオープニングセレモニーも実施されました。この展覧会には、広島市の松井市長や長崎市の鈴木市長が出席し、原爆の実態や被爆者の体験が広く理解されることを祈りました。旅路の中で行われたシンポジウムやフォーラムには、定員を超える参加者が集い、被爆者の証言に真剣な耳を傾けました。こうした場を通じて、冷戦や屋外核実験を経験していない世代へも、核兵器の持つ恐ろしい現実を伝える重要性が再確認されました。
懇談と意見交換
国連内外で行われた政府やNGOとの意見交換も盛況でした。中満泉国連事務次長や、日本政府の代表部大使の梅津茂氏、さらにはスウェーデン国会議員やアルバニアからの有力活動家とも懇談。代表団のメンバーの中には、その後もニューヨークに残り、再検討会議での演説を行ったり、各国の政府関係者と意見を交わした方々もいました。
被爆体験の重要性
「私は母の胎内で被爆した、いちばん若い被爆者です」という濱住治郎事務局長の言葉が印象的でした。彼は、母親の胎内で被爆したことにより、生きることも死ぬこともできない苦しみを抱えています。この証言を通じて、核兵器の存在を批判し続け、平和な世界を夢見て活動していく決意を示しました。彼が述べた「核と人は共存できない」というメッセージが、参加者の心に深く響きました。
今後も生活協同組合パルシステム東京やその他の団体は、核兵器のない世界を目指し、平和を訴えていくことでしょう。核兵器廃絶に向けた行動が、私たち一人ひとりの力で可能であることを改めて教えてくれました。