三岸家住宅アトリエの新しい風景
東京都中野区に位置する国登録有形文化財「三岸家住宅アトリエ」は、2025年10月28日、建物の大規模改修プランを発表しました。この計画は、株式会社キーマンが手掛けるもので、運営するのもこの建物と近接する集合住宅「カーサビアンカ」の二つの施設です。これにより、「文化財施設としての旧耐震建物の未来的保存モデル」を目指しています。
改修計画に関しては、特にその「三岸アトリエ 保存活用計画書」が作成され、公式ウェブサイトで一般公開が始められたことが注目されています。これにより、多くの人々にこの建物の歴史的な価値や、今後の活用について理解を深めてもらうことが目指されています。
文化財継承の経緯と建物の背景
三岸家住宅アトリエは、1934年に洋画家の三岸好太郎・節子夫妻のアトリエ兼住居として築かれました。設計はドイツのバウハウスで学んだ建築家の山脇巌によって行われ、施主である三岸好太郎も自らスケッチを描くという深い関与がありました。しかし、好太郎は1934年に急逝し、妻の節子が建物を引き継ぎ完成させます。この建物は、当時の日本において木造技術を駆使して実現された「木造モダニズム建築」の先駆けとして評価されています。
その後、建物は長い年月の中で約90年にわたり受け継がれ、2014年には国登録有形文化財として登録されました。その後、2024年に三岸夫妻の子孫から現在の株式会社キーマンに正式に継承されました。これにより、長寿命化と積極的な活用を狙った新たな運営体制が整いました。
「新木造モダニズム」の試み
改修計画では、単なる老朽拡大ではなく、文化財的価値と社会的価値の向上を目指した再構築が行われます。これまでの改修作業では、当初の意匠やディテールが失われてきた中で、今回の改修では失われた価値を現代の形で再構築することが重要なテーマとなっています。
このプロセスで特に意義があるのが、「新木造モダニズム」という考え方です。これは、創建当時の「木造モダニズム」が持つ精神を尊重しつつも、最新の技術を駆使して再生を進めることを指しています。鉄骨造ではなく木造を選択することで、当時の理念を現代に生かし、また本質的な継承へと繋げる狙いがあります。
コーナーウィンドウの再構築
特に、三岸家住宅アトリエの象徴でもあったコーナーウィンドウの再生が計画されています。この部分は、自然光を最大限に取り入れるデザインが盛り込まれ、施主や設計者が意図した「光と空間を融合させるアトリエ」としての役割を果たしてきました。しかし、構造的な弱点もあり、長年雨漏りや強風によるガラスの破損に悩まされてきました。今回の改修では、創建時のデザインを元に、現代技術を駆使した新しいコーナーウィンドウを設計する方針です。
デザインには、当時の塗装跡から推定される約50mm幅のマリオン(縦格子)と、シャープな納まりを追求した構成が採用され、防火性能の高いスチール製サッシを取り入れています。これにより、創建当時の軽快さや透明感を再現しつつ、防火や耐震への現代的な基準を満たす新しい構造美が誕生します。
時間の層を重ねて文化財を保存
重要なアプローチとして、三岸家住宅アトリエの改修では「応接室」の存在も記憶しておくことが求められました。これは戦後に構築された空間で、家族や来訪者を迎える大切な部屋でした。本改修ではその一部を解体する必要があるものの、時間の層を意識して、隣接するカーサビアンカに移設保存する計画が立てられています。
この方法により、具体的な形で過去の記憶を残し、利用者が当時を体験できる新しい形の文化財保存が実現します。三岸家住宅アトリエが持つ「進化的継承」の理念が、この試みを支えています。
PROJECT「REDO 鷺ノ宮」の提案
この改修計画は、単なる保存ではなく、文化財を日常の中で活かす試みとしての「REDO 鷺ノ宮プロジェクト」として位置付けられます。今後、美術や建築に関する書籍を閲覧・展示できるスペースや、講演会、ワークショップ、イートインスペースなど多彩な活用がなされる予定です。これにより、三岸家住宅アトリエとカーサビアンカの2つの建物が一体化した文化拠点としての役割を果たします。
定期的な公開日も設けられ、一般の方々が国登録有形文化財建築を体験できる機会を通じて、文化財が持つ「活きる」という概念を追求しています。三岸家住宅アトリエとカーサビアンカが共鳴し合いながら「活き続ける文化遺産」を育てることを目指し、このプロジェクトは新たな文化財運営の形を見せていきます。
株式会社キーマンの施策
キーマンの代表である片山寿夫氏は、この改修が国登録有形文化財を守るだけでなく、活かすことが目的であることを強調しています。耐震性能や環境性能を向上させることにより、文化財の新しいモデルを示す試みとして、地域社会との関係を深めながら進めていくことが求められています。全体を通して、株式会社キーマンが目指すのは、過去から未来へ繋がる建築物の運営方法であり、次の時代に向けて進化させることです。
この三岸家住宅アトリエの改修は、文化財と旧耐震建物の新たな可能性を探る重要な挑戦でもあります。このプロジェクトを通じて、地域に価値を創造し、未来を見据えた保存の形を示していくことが期待されています。